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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [3]




 そっとため息をつく耳に、嫌味のような歯切れの良い声。
「それにしても、そんな噂に振り回されるなんて、山脇くんらしくないわね」
「振り回されているのは僕じゃない。蔦だよ」
「でも、ずいぶんと食い下がってきたじゃない。私と金本くんが本当に怪しいとでも思ってたの?」
「そうなればいいなという、希望かな」
「てめぇっ」
 腰を浮かせる聡。涼しい顔で見下ろす瑠駆真。
「当然だろう? ライバルが一人減る」
「ふざけるなよ。誰がお前なんかに美鶴を渡すか」
 火花を散らせる二人。
「見てるこっちが恥かしくなるんだけど」
 と振り返れば、美鶴はさっさと試験勉強に戻っている。
 やれやれ。
 ツバサは上目遣いで呆れながら、気を取り直して背筋を伸ばす。
「そもそも、噂がアテにはならない事ぐらい、山脇くんが一番良く知っていると思うんだけど」
「え? 僕?」
「そ、噂の人って言うのなら、それは私や金本くんよりも、むしろ山脇くんなんじゃない?」
 言われ、瑠駆真は閉口した。動揺したかのような態度に、今度は聡が涼しい顔で頬杖を付く。
「そうだよ王子様、花嫁探しはどうしたのさ?」
「うるさいっ!」
 振り返る視線を受け流し、聡は口元を吊り上げる。その後しばらくは二人の小競り合いが続いたのは言うまでもなく、美鶴が何度か抗議をしたが、それでも駅舎を出るまで二人はひたすらいがみ合っていた。





 その夜、聡は携帯を耳に当ててベッドに横になっていた。相手はツバサ。同級生なのだし毎日のように会話をしているのだが、電話をするのは初めてだった。なぜだか妙に緊張した。
 二人は仲が良い。
 昼間に聞かされた噂が脳裏を()ぎり、誤解を招くような行動は控えるべきかとも思ったが、結局は電話した。なにより、そんなくだらない噂を断ち切るためには電話すべきだと思ったのだ。
「もうあの話を学校でするのはやめろよ」
 聡の言葉に、ツバサは答える事ができない。
「あんなくだらない噂を立てられて、こっちは迷惑だ」
「それはこっちも同じだよ」
 ツバサは憤慨する。だが、聡の言葉に頷く事はできない。
「だったらあの話はもう無しだ」
「どうしてよ?」
「だってそうだろう。そもそもおかしな話だぜ」
 聡は寝返りを打つ。
「なんで俺が田代(たしろ)と会わなきゃならないんだ?」
「だってシロちゃんが、どうしてもお礼がしたいって言うんだもん」
「礼なんてされる覚えはねぇよ」
 本当に聡には身に覚えがない。だいたい、里奈には怖がられたり恐れられたり嫌われたりするような言動ばかりをしてきたはずだ。それが聡の目的でもあった。
 美鶴と田代を近づけたくはない。美鶴があのように変わってしまったのは、原因は田代だ。だから、あの情けない女がまた美鶴に迷惑を掛けるような事がないよう、田代と会わせてはいけないと思う。
 そのような趣旨を里奈に直接伝えた。里奈はベソをかいていた。
 田代は美鶴に会いたがっている。だから、二人を離そうとしている俺が嫌われるのは当然だ。別に構わない。俺だってあんな女は好きじゃない。嫌われたって構わない。そう思っている。
 なのにどういう事なのだろう。田代里奈が聡に会いたがっていると言う。しかも礼が言いたいのだと。
「はぁ? お礼?」
 初めてツバサから聞かされた時、聡の口からはそんな言葉しか出なかった。
「礼って、何の礼だよ?」
 ベッドの上で寝返りを打つ。
「だからさ、それも何回も言ってるじゃない。金本くんってさ、なんかシロちゃんを助けたんじゃない?」
「助けた?」
「うん、シロちゃんが女の子たちに絡まれてるところを助けたって」
「だからぁ、こっちも何回も言うけどさぁ、そんな事あったなんて、全然覚え―――」
 そこで瞬きをする。

「あの、ありがとう」

 甘えるような耳障りな声。蝉の声が混じる残暑。木の陰で、情けない表情でツバサとコウを見つめる姿は、まるでストーカーのようだった。

「さっきは助けてくれて」

 当たり前のように言う相手に、言いようのない苛立ちを感じた。
 助けられて当たり前だと思っている女。自分が困っていれば、誰かが助けてくれるものだと思い込んでいる女。見ているだけで腹が立つ。
 助けた覚えはないと、あの時聡は言ったはずだ。
 それでも助けられたと思っているのか?
 もう一つの光景も浮かぶ。駅舎に、美鶴を訪ねてきた里奈。やはりあの時も唐渓の女子生徒に絡まれた。聡を追いかける女子生徒に勘違いされた。騒ぎが大きくなるのが嫌で、里奈を連れてその場から離れた。あの時も、助けたつもりはなかった。
 助けたって、あの時の事か?
 思い起こしてうんざりする。
 バカじゃねぇの。
「馬鹿じゃねぇ」
 思わず口にする。
「え?」
「あんなモンで礼がしたい? それはそれは、どうもどうも律儀な事で」
 知らずに声が辛辣になる。言われたツバサはワケがわからない。
「な、なによ?」
「ま、お前に当たってもしょうがねぇんだけどよ」
 ゴロンと仰向く。
「そういう事なら、やっぱ俺は田代とは会わねぇ」
「何でよ?」
「礼を言われる筋合いはねぇし、なによりあんな事で礼がどうたらなんて言ってる奴の顔なんて見たくもねぇよ」
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない?」
「言い方もなにも、本当の事だ」
「ちょっと、人がお礼をしたいって言ってるのに、その態度は酷い」
 ツバサは、まるで自分が言われたかのように憤慨する。
「そもそも、どうして金本くんはそこまでシロちゃんを嫌うの? 嫌ってるでしょう?」
「さぁね」
「シロちゃんに恨みでもあるワケ? 美鶴の性格が変わっちゃった原因だから? 金本くん、シロちゃんと美鶴を会わせたくはないんだよね?」
「そう言う涼木は会わせたいんだったな」
 思い出したかのように言う。
「お前こそ、なんでそこまでムキになるんだ? 俺と田代が会っても、お前には何の得も価値もないだろう? 田代と美鶴の関係にしたって同じだ。お前が首を突っ込むような問題でもねぇ。お前って結構お節介な性格なのか? 意外だな。世話好きな近所のババァみてぇ。俺と噂になって蔦の怒りを買ってまで世話をする価値なんてある人間か?」
「コウは関係ないでしょうっ!」
 声を荒げる相手に、聡は瞳を閉じる。
「それに、コウは話せばわかってくれるもん。金本くんとは違う」
「それはそれは、失礼しました」
 まったく気持ちのこもっていない声でそう答え、一度携帯を握りなおす。
「とにかく、俺は田代と会うつもりはないぜ。礼なんて言われたくもない」
「なんでよ。会うくらいいいじゃない」
「嫌だ。あんなウザい女、顔見るだけで腹が立つ」
「酷いっ!」
「何とでも言いな。とにかく、俺は会わないぜ。会わないし、その話で休み時間を潰すのも御免だ。だから、明日からその事で俺に話しかけてくるのはやめろよ」
「ちょっと待ってよ」
「それから、お前もあんな奴に関わり過ぎるなよ。今回の俺との噂みたいに、自分が迷惑を(こうむ)る事になるだけだぜ。蔦に嫌われたくなかったら、俺からの忠告は聞いとくべきだな」
「だから、コウは関係ないって」
「じゃあな」
「あ、金本くん」
 呼び声も虚しく、通話はそこで切れてしまった。ツバサは大きく息を吐き、携帯を机の横のチェストに置いた。







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